こんばんは~
いらっしゃいませ、清水さん。
清水さん、いらっしゃいませ!
お久しぶりですね!
うん、ちょっとご無沙汰しちゃったね。生ビールをもらおうかな。
はい、ありがとうございます!マスター生一丁!
お仕事、お忙しかったんですか?
うん、仕事もだけど、今住んでいるマンションの大規模修繕計画が持ち上がっていて、その話し合いやら何やらが多くてね。自分のビルの修繕経験(第2話・第4話参照)があったから、うっかり知ったかぶりをしたら色々期待されちゃって...。マンション管理組合の理事会にもちょこちょこ呼ばれるようになっちゃったんだよ。
それは大変ですね。生、お待たせしました!
くはーっ、やっぱりビールはたまんないね! ところで今日はおいしそうなのがたくさん並んでいるね。
ありがとうございます。今日は大皿に色々な惣菜を盛り付けてご用意していますので、お好きなものをお好きなだけ注文なさってください。
そりゃいいね!目の前にこうして並んでいると迷っちゃうな~
清水さん、どれを選んでもとてもおいしいですよ!
あれ~? 波ちゃんは一通り食べてみたの?
いえいえ、そんな清水さんまで...少しは食べておかないとお客様に聞かれたときに困るので...
それもそうだね。じゃあ、おからの煮物と、あっ、きぬかつぎがあるね!それももらうよ。
はい!では小皿にお取りします!
う~ん!おいしい! おからは暑くて食欲がないときでも食べられるし、きぬかつぎも小振りだからちょっとつまむのにいいね。やっぱり今時期のものなのかな?
ありがとうございます。きぬかつぎはおっしゃる通り小振りな里芋を蒸したもので、石川早生(いしかわわせ)という種類の里芋を使っています。芋に包丁でぐるりと切れ目を入れて蒸し、蒸しあがってから片方の皮をつまむとするりとむけます。その見た目から「衣被ぎ」(きぬかづき)と呼ばれるようになり、「きぬかつぎ」となったそうですね。
石川早生は7月くらいから収穫が始まり、十五夜のお月見を“芋名月”と呼んできぬかつぎを食べる地域もあるそうです。皮をむく感触を楽しみながら、少し塩をつけてお召し上がりください。
うんうん、おいしい!
ついつい、たくさんつまんじゃいそうだな~ 塩味がまたビールにも合うんだよね。
でしょー! ついつい私も手が出ちゃって!
波ちゃん、味見はいいけどつまみ食いはダメだよ。
てへへ、そうでした...
ところで清水さん、お住まいのマンションの大規模修繕が始まるんですか?
うん、まだ少し先の話なんだけど今から話し合いは始まっていてなかなか大変なんだよ。マンションには家族構成や年齢など色々な事情の人達が住んでいるから要望も様々でね。理事会の人も大変みたい。
そうですか。清水さんはそこでアドバイスを求められているわけですね。
いやいや、アドバイスってほどじゃないけど。こないだウチのビルでやった防水工事なんかもやるようだけど規模も違うしね。それから外壁補修のためにはぐるっとマンションを囲むように足場も組まなくちゃいけないみたいで。危険がないか色々心配の種はつきないって感じだね。
大規模修繕工事とは?
マンションのような大型の建物で、定期的に建物全体の修繕工事を行うこと。屋上や各戸ベランダの防水工事、外壁の修繕、窓シーリングの張替えなど様々な種類の工事を一度に行うため、「大規模」と呼ばれます。分譲マンションでは住民で作る管理組合がメインとなって業者の選定や交渉をする必要があるため、清水さんのような人は重宝されることに。
そうですね。足場を組むとなると、作業中の危険だけではなく、防犯への配慮も必要になりますからね。
防犯?
はい。足場を組むということは普段ありえないようなところから人が出入りできるということです。特にマンションの高層階に住んでいる方にしてみれば、まさかベランダから他人が入って来るとは思わないでしょう。ですから普段、ベランダのドアの施錠がおろそかになっている方も少なからずいらっしゃると思います。そんなところに足場を組むのですから泥棒の心配もしなければならないということです。
なるほど、それは心配だな~。でも業者も対策はしているんでしょ。よくそういった現場に警備員がいるのを見たことがあるよ。
そうですね、確かに現場に警備員を配置して安全誘導などをしていますね。しかし、それはあくまで工事をする上での安全対策で、残念ながら盗難防止のためではないことがほとんどです。
えー、そうなの?
工事中には警備員を配置していますが、夜間作業をしていないときは無人のことが多いですね。仮に足場を組んでいたことで泥棒が入ったとしても、多くの場合それは施行業者の責任にはならないのです。
それは心配ねぇ。
なんだか心配だな~。
もちろん業者も、何の対策も取っていないわけではありません。作業時間外は足場の階段1段目を外して容易に侵入できないようにしたり、足場をおおっている養生シートを半透明にして人影が見えるようにしたり、夜間のセンサーライトを設置するなどの処置を行っている業者もありますよ。
なるほど!隠すのではなく、逆に人目につくようにして泥棒に入ろうという気を無くさせるのね。
えへへ!そういうことか!
清水さん? そういうことってどういうことですか?
うん、だから惣菜を大皿に盛ってみんなに見えるところに並べてあるんだなって思って。
えー!? 私のつまみ食い対策っておっしゃりたいんですか~!?
確かに見えないところに置いておくより、見えるところに置いてあったほうが減ったのもすぐにわかりますね。きぬかつぎなんか特に!
もう、マスターまで!
対策の効果はあったようだね!
はい。それ以外にも各住戸にサッシ用補助錠を無償で貸し出したりして、防犯対策を徹底しているところもありますね。また、工事中は大勢の人が出入りしますから泥棒の下見に来たような者が紛れ込むかもしれません。そのような対策に、工事関係者に色の目立つそろいのベストを着せて不審者が紛れ込まないようにしているところもあります。
なるほど、そうやって工夫をしてくれる業者を探したらいいんだね。理事会の人たちに話しておくよ。
そうですね。他にも工事期間が長くなると養生シートをかけたままでは日当たりや通気性が悪くなり居住者のストレスとなることがあります。そのような場合、通気性に優れた半透明のメッシュシートを使い、作業が完了した箇所からシートを外すことで少しでも工事中の住環境を守るようにしたりしています。また、バルコニー側と廊下側との工程をずらし、両方をふさがないで通気が保たれるような工夫もしていますね。
同じ工事でも業者さんの工夫によって全然ちがってくるんだね、勉強になるな~。でもまた知ったかぶりをすると後で大変だから今度は理事の人も連れてくるよ!
ありがとうございます。
でも色々と対策を取っても普段よりリスクが増すのは避けられませんから、最終手段として損害保険の手当てを考えるのも必要かもしれませんね。
なるほど、色々考えなくちゃね。 ところできぬかつぎはまだあるの?
話を聞きながらつまんでいたらだいぶ少なくなって来ちゃったよ。
大丈夫ですよ。別に取り分けて見えないところにしまってある分もありますから。
なるほど、波ちゃんのつまみ食いを見越して保険もかけていたって訳だね!
もう!清水さんたら!!
今日もたくさん話を聞いたな~。今度はほんとうに理事会の人も一緒につれてきてみよう。色んな工夫はみんなで話した方が出てくるような気がするよ。
波ちゃん、きぬかつぎ、気に入ったようだけど少し家に持って帰る?
マスター、それも何かの対策ですか?...
でもいただきます!
<第7話 完>
※本ストーリーはフィクションであり、実在の人物・団体との関係ありません。